奥州街道・旧東北本線の青森県の入り口に
ひっそりとたたずむ城下町があります。

南部本家の城下として
400年以上の歴史を刻んできた町

東京を起点にはるばる北上してきた旧東北本線(現いわて銀河鉄道~青い森鉄道)は、青森県に入って八戸に向かう前に、少し迂回して名久井岳(なくいだけ)の西側を通ります。そこに古い城下町、三戸があるからです。
この町のシンボルである三戸城は、鎌倉時代に武勲をたてて山梨県からこの地方にやってきた甲斐源氏・南部氏が、戦国時代に築いた居城。江戸時代に入って居城が盛岡に移されてからも、南部本家の古御城(ふるおしろ)と呼ばれ、城代や代官が置かれて大切にされてきました。戦国時代から幕末まで領主が変わらなかったのは、実は全国でも稀有な例。日本最古級の城下町なのです。

「なんぶの首都」の誇りと志が
あちこちに潜んでいます

江戸時代には奥州街道の宿場町としても栄えた三戸は、東は八戸・階上から西は田子までを含む三戸郡の中心都市でした。三戸城跡・城山公園のふもと、旧奥州街道沿いに続く市街地は、端から端まで歩いてもわずか40分ほどですが、その間には多くの古いお寺や神社が見られます。昭和の香りが色濃く残る商店街のあちこちには、『11ぴきのねこ』のポスターや石像が。作者・馬場のぼるさんがこの町の出身なのです。三戸の町並みと里山は、やさしく伸びやかな馬場のぼるワールドのルーツです。

まちあるきガイドのみなさんの案内でこの町をめぐると、あちこちに江戸の名残や百年を超えるお店、美しい洋館や庭園が潜んでいるのに驚かされます。江戸時代以前から代々この町に住み続けてきた人々は、「なんぶの首都」の誇りと志を持って、古いものをとても大切にし、美しい里山を守り続けてきたのです。